2017年08月29日

【独】ドイツは軍事的ためらいを捨て指導しなければならない その2(完) DER SPIEGEL  August 23, 2017


【承前】その1はこちら
7。併し、アメリカ権力が弱まりつつあり権威主義的権力が興隆中の世界では、どれだけ長くこれが続き得るか。1945年から1989年まで、アメリカ陸軍が西ドイツに安全性と安全保障とを与えて独自の政治文化を発展させた。併し今や、平和主義と非暴力への再統一ドイツの国家的関与を共有しない、ヨーロッパ国境の幾つかの右翼を含む多くの、多くの国々がある。そしてアメリカがそれらに対決するか疑うに多くの、多くの理由がある。トランプは一つの脱線かもしれないが、彼がまさに反映するのは非常に現実的なアメリカの疲弊であり、環大西洋同盟の価値についての本物のアメリカの疑念だ。ドイツはアメリカ不在の脅威に対処する計画を持つべきだ。

8。そうでなく、ドイツは時折自分が実在しない振りをしようと決意するようだ。大統領トランプはNATOに関して口頭攻撃で正しく批判してきたが、ドイツの政治家がまた西側防衛切り崩しを手助けしてきた。2013年、ロシアのジェット機がストックホルム攻撃をシミュレートし、2016年、ロシアはドイツを射程に入れるカリニングラードに核弾頭可能ミサイルを移動した。それでも同年ヨーロッパで一連の軍事演習ーロシアの介入抑止を意図ーをNATOが発表した時ー外相フランク・ウオルター・シュタインメイヤーはそれを「戦争売人」と非難した。もっと最近、外相シグマ・ガブリエルがドイツの防衛予算を選挙問題とした。ドイツ武装勢力、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)の貧弱な状態を所与として、これは異常に無責任と思える。

9。問題はまた軍事防衛のものだけでない。今日の権威主義的権力が、イスラム国或いはクレムリンでの孰れであれ、かつてドイツの東半分を占領しヴェルリンの壁を建てたソヴェト国よりももっと洗練されている。彼らは支持者採用或いは社交メディアを通じて政治に衝撃を与えることを求める。富裕な外国人、ロシア人やその他は資金と腐敗を通じてドイツの政策と意見の形成を求める。法の支配がドイツで非常に強いと正しく誇れるーだが勿論、それを守るのに不寝番をしなければ、他の場所でと丁度同じように、此処でも切り崩しがなされ得る。だが不寝番は知識を要求する。挑戦に対し防衛できる前に、攻撃されていると悟らねばならない。そしてドイツ人がそうするか私には自信がない。

10。対決について考えることへのドイツ人の気後れの歴史的理由を私は理解できる。そして私は彼らを尊敬する。私の述べたことがあるように、戦後連邦共和国の紛争の非暴力的解決への信念、諸問題が制度を通じて解決され得るという確信がそれについて最も賞賛すべきことだ。併しそれは純朴さの言い訳にならない。ドイツ人が強い陸軍を欲さないなら、それは依然緊急性の問題として、ヨーロッパ国境の防衛にそして何時でもヨーロッパの名前で派遣され得る多国間ヨーロッパ軍を生み出すため、それの築き上げた制度、非常に著名なEUと共に特にフランスと英国さえでも(これが英国に将来のヨーロッパ的役割を与えるかもしれない)と共に働くべきだ。それがNATOの一部になるかもしれず、NATOと共に働くべきだ。併し、米軍への丸ごと依存の時代は終わった。

11。同じことがサイバー防衛及び情報戦争の圏域に当てはまる。大統領トランプの下でも、米国がドイツ政治システムの切り崩しを求める証拠が一切ないにせよ、アメリカのサイバー諜報活動についてドイツ人は大いに懸念する。対照的に、ロシア人ハッカーがドイツの議会、連邦議会(Bundestag)から数千の文書を盗み出してもさほど大声で叫ばない。その窃盗の目的が政治的だけだったかもしれない。ロシア政府はドイツ政治システムに関する情報を正確に知りたがった、その形成を手助けしようと努めるためにだ。我々はポーランド、チェコ共和国及びウクライナーそして今は勿論米国ーでの政治生活を腐敗させ操作するロシアの努力について知る。

12。此処にも、ドイツはこれら諸問題に単独で格闘せねばならぬ必要はない。スカンジナビアで、中央ヨーロッパで、そして特にフランスでの最近の選挙以来、ドイツはオンラインのテロリズム防止と偽情報防止の双方でパートナーを見つけることだろう。併し、最善の回答がヨーロッパの回答だろうことが本当だとしても、彼らがドイツ、ヨーロッパで最富裕の国ーそして最も賞賛される国ーに率先を要求するのも本当だ。或いは少なくとも共同率先だ。そしてこれが、私には分かっている、多くのドイツ人の役割に関する想像力の努力を要求するだろう。併しこれは好い気になる瞬間でない。1989年でのように、自分の達成したものを保持したいならば、変化しなければならないだろう。(止め)
【完】
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2017年08月28日

【独】ドイツは軍事的ためらいを捨て指導しなければならない その1 DER SPIEGEL  August 23, 2017


 ドイツが再武装を明確にし、軍事力を背景にして国際紛争に関与する方向にあることは本ブログで何回か紹介してきた。表記はそれをDER SPIEGELが力説する所に読みどころがある。以下つまみ食いする。
《摘要》
1。そのニュースを聞くや否や我々は立ち去りたかった。だが、燃料不足、要領を得ない規制や悪路のあの今や不可能にも遠い時代に戻れば、ワルシャワからベルリンへ自動車を運転するのはさ程容易くなかった。我々の到着した時、1989年11月10日の夜ー或いは寧ろ11日の非常に早い朝だった。東ベルリンは暗く、不気味なオレンジ色の街灯にのみ照らされ、ほぼ沈黙していた。地図なしで、我々は真っ直ぐ都心へと運転した。チャーリー(Charlie)検問所を抜けてだー「壁が開かれた、誰が規則を気にするんだ」と叫んだ後、規則に反して衛吏が我々を通したーそしてブランデンベルグ門に着いた。

2。我々はパーティーに遅れた。シャンペンのコルクが飛び跳ねるのを止めていた。乾杯の代わりに、群衆がなお国境沿いに立って依然暴動用の装備を身に着けた東ドイツの衛吏をからかっていた。一人の男が突如立って壁を跳び越えた、西から東へだ。即時に、衛吏たちが急ぎ駆け寄って彼をつまみ上げ投げ戻した。群衆がシューっと音を出した。これは楽しいゲームでなかった。確立された秩序が崩れ落ち、銃を持った男たちがーしかも明らかな命令なしにー敵対的な群衆と対峙していたからだ。

3。彼らは射撃しなかった。病院が被害者用準備を命じられていたけれども、ライプニッツでも彼らは射撃しなかった。1989年ドイツでは全然暴力がなかった。代わりに、東ドイツ国はただ諦めたのだ。そうしたのは部分的に体制が自信を失い、最早権力に留まるため進んで暴力を使う気がなかったからだ。だが同時に断念した、西ドイツに無理なく惹きつけられたからだ。魅力は明瞭だった。西ドイツは平和で裕福であり、開放的で寛大であり、大いなる西側民主同盟の統合部分だった。まさに初日からでさえ、統合が明確に思えた。一体誰が他の何かを欲するだろうか。そして驚くべき速度で、それが起こった。

4。その真夜中の旅がベルリン、爾来私が働いてきた書庫と爾来私がインタビューしてきた政治家の都市、我が息子がドイツ語学習にこの過ぎた夏を費やすことを選んだ都市との関係の始まりだった。過去30年に亘って多くの物事が変化してきた。1989年11月に私の見た、都心部がシュールリアルにがらんどうの空間を持つ都市は、今日私の知る都市とは似ても似つかない。官僚と政治家が今やヒップスターを押しのけるーそしてヒップスターでさえかつてよりも大層より多忙で着衣もより良く見える。

今がドイツ指導力の時だ
5。併し何かが変化していない。あの夜私の見た国ー暴力を避けたドイツ、即時に再会を抱きしめたドイツ、凡ゆる形式の極論に懐疑的なままのドイツ、環大西洋の民主共同体に確り錨を下ろしたドイツーあのドイツが依然そこにある。今でもそれをドイツの政治討議の中に聞ける。今でもドイツの報道の中で見られる。問題は今あのドイツが生き残れるかどうかだ。

6。即今言うにはそれが奇妙なことに聞こえるかもしれないと私は悟っている。とまれ、西側同盟の統合された一員なりとのドイツの主張は決してより強くなったことがない。一部の者はドイツを西側の新指導者とさえ言う。ドナルド・トランプのアメリカが内向きになって、可能性として自由貿易アジェンダと長続きしてきた民主主義関与を放棄するかもしれないから、ドイツがあり得る後釜のように見える。2013年に取られた世論調査はドイツが世界中で最も賞賛される国だと見せつけた。総理大臣メルケルがヨーロッパで最も信頼出来る公的人物の1人だ。環境主義、多国間主義及び人権主義へのドイツの公的関与がドイツに道義的立場を与える。ドイツの産業の強さと輸出強打がドイツに経済力も与えた。(止め)
【その2へ続く】
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【泰】腐敗防止団体に副首相プラウィットと警察長官との捜査を依頼 TPBS August 27, 2017


 タイ憲法保護協会が月曜日(本日)にインラック逃亡の黙認或いは無知による任務懈怠の追求。あった筈と思い込む軍政の政治取引を告発するものか(表記)。

《骨子》
1。同協会の事務局長シスワン・ジャニャ曰く、インラックは警察及び治安担当官により密着監視されていねばならぬ筈だったのに治安問題担当の誰一人彼女の逃亡について知らなかった。

2。元首相の海外逃亡を許す彼らの行動が累積して腐敗防止法に合致した権限の誤使用になるとシスワンは言い、月曜日NAAC(国家腐敗防止委員会)事務局に赴き将軍プラウィット及び警察将軍チャクチップ、治安担当の両人に対する捜査を要求する陳情書を提出すると付言した。(止め)
***
 インラック逃亡に関して軍政支持層内部で不満があるのだろう。恐らく役立たずだろうが、国民が欺瞞・偽善に気づけば良し、気付いても放置するなら救いはない。タイ国にも三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)の置物があるから、面倒臭がって何もしない恐れは強い。

 腐敗・汚職粛清を旗印にした軍政を含みタイ国政府の伝統的バックマージン率は30%!アピシット民主党政権時は40%とも。当然、現政府もだろうが、それを摘発する訳でない。従って、本来は国家腐敗防止委員会そのものを粛清し、その上で本格的に腐敗摘発を進めるべきだが、マフィア法支配のタイ国でそんなことは起こり得ない(本件も却下または永年たなざらしだろう)、ご両人とも本来こちらで捜査し甲斐がありそうなのに。なお、名目は立派だが機能不全の中立団体の実情は採り上げ済みだ(こちら)。
posted by 三間堀 at 12:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

【泰】疑念と不信:軍政が知らぬ間のインラック逃亡 khaosod August 26, 2017


 インラック逃亡が軍政との政治取引の結果でないか(表記)。一つの有力な推量だ。
《骨子》
1。今や逃亡者の元首相インラック・シナワットラの反対者は、軍政が知らず巻き込まれもせずに彼女が逃亡したのは不可能だ、と信じる。

2。金曜日彼女への判決を聞きに出廷しなかったことと司法からの明らかな高飛びが起きて、一部の者が将軍プラユット・チャンオチャの軍政を訪れ、どのようにインラックが気づかれずに抜け出る算段をしたのか明確に説明せよと迫った。

3。ウィーラ・ソムクワンキット、著名な反インラック活動家がオンラインで公衆に説明しないなら体制の信頼性が危ういと書いた。

4。シナワットラ家に近い筋が金曜日に曰く、自家用ジェットでシンガポールにそれから進んで逃亡者の兄タクシン・シナワットラの住むドバイへと飛ぶ前に、インラックは木曜日の夜トラート県チャン島からカンボジアに逃げた。

5。「監獄で終わらず貧窮しないようインラックに国を逃げるのを選択すべく圧力をかけ申し出をした多くの権力を持つ誰かがいるかもしれない。このグループの人々はインラックが国を逃亡して誰かが権力の継承者を任命できるよう政治外でいるように欲したのだ。これが該当するなら、政府は罰すべく邪悪な人物を逮捕せねばならない」とウィーラがフェイスブックに書いて、インラックが軍政に知られずに逃亡できたでは納得しないと付言した。

6。体制の評判は今や危うい、と彼が言った。「絶対的で強力なNCPOの独裁的権力の下、インラックが逃亡するのを見ぬふりをするか或いは補助する裏切り者がいなければ、インラックが国を逃亡することに成功なんてハッキリと出来なかった、そうじゃないかい。これが該当するなら、政府は裏切り者を狩り出しその人物を罰さねばならない。そうでなければ、NCPOが被告に終わるだろう」とウィーラは言い、軍政の自称するNCPOの略語を用いた。日常的に偵察されていたインラックが介入なしに逃げだせたという言葉に納得しないのはウィーラだけでなかった。

7。元一人狼の政治家から転じた政治評論家チュウィット・カモンウィシットもまた、権力内の誰かがインラック逃亡の道均しをしたと信じる、それが軍政に好まれる結果だったからだ。

8。「誰かが彼女の逃げられるように『道均し』したに違いない。彼女の存在が重荷になったかもしれないから、これこそ政府の選好するものだ」とチュウィットがオンラインで書いた。

9。反軍政TVホストのカノック・ラトウォンサクンが昨日類似した疑問を付して、軍政が許さずしてインラックはどのように逃げられたのかと問うた。

10。金曜日、ニュース勃発直後、軍政指導者から転じた首相、将軍プラユット・チャンオチャがインラック逃亡の事実に驚いた、しかしながら、すべての国境を締め上げよと命じたと述べた。

11。インラック家に近い筋からの更新主張。彼女はバンコクの住まいを木曜日の夜去ったが、彼女に近い者でさえ手がかりなしだった。彼女の補助者は、金曜日の朝、28ヶ月長の不行跡裁判の判決の読み上げられる最高裁判所前でインラックが支持者に会い挨拶する場所を案出していた。

12。同筋が幾つか付加的な特定した詳細を提供して、最高時速1,200kmの24億バーツする12席のガルフストリームG-650ERでカンボジアから飛び立ったと主張した。(止め)
***
 インラックの謎を残す脱出劇。軍政に厄介者代表を追い払い、プアタイ党、赤服の勢力を殺ぐ利益があるのは間違いない。裁判で損害賠償を得られるのは既定路線だから、敵勢力を財政的に追い詰めることはできる。さらば、逃す、いや自由に泳がせるのも一法だ。

 インラックの顔を知らぬタイ人はいまいから、国境越えに誰かの助力があったのは確かだろう。すれば軍政の演出劇というのも腑に落ちる説ではある。可哀想なのは支持者であり、途方に暮れているだろうが。赤服だけじゃない、タイ人大衆が自らの力で道を切り開く時が来ただけだ。🐶
posted by 三間堀 at 17:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【泰】インラック・シナワットラ:元タイ首相が英国亡命を求めるー所属政党筋 豪ABC 2017-08-27


 逃亡先のドバイで英国亡命を計画とプアタイ党幹部が言う(表記)。
《骨子》
1。インラックは金曜日裁判所に出廷しなかった。そこで彼女は納税者に推定150億ドルの負担を掛けた米補助金政策をめぐり刑事訴追に面する筈だった。彼女の弁護士曰く、彼女が病気だったが裁判所がそれを認めず、逮捕状を発行し、判決を9月27日に伸ばした。

2。彼女の逃亡のタイミングと正確な経路は未確認なままだ。尤も所属政党筋曰く、彼女と息子は陸路カンボジアに赴き、シンガポールに飛び、そしてドバイに着陸した。

3。「インラックはタクシンと共にドバイにいる、そして英国亡命を求めるだろう」とプアタイ党内部の筋が言う。

4。「それは突然の決断でない。軍政による過酷な処罰を受けると彼女は知っていた」と匿名を条件にその筋がABCに教えた。

5。有罪ならタイ国最初の女性首相が最長10年の収監に面する。同じ米補助金政策に繋がる別の事件で、インラックの元商務相が金曜日に汚職の科で42年の懲役を判決された。軍隊は2014年無血クーでインラックを追放した。

6。彼女は弾劾され、5年間政治を禁じられ、米枠組みの損害に際して軍政が11億ドルを請求する間、先月銀行口座を凍結された。

7。高米価維持政策は財政上の災厄で腐敗が蔓延したけれども、軍政批判者は事件が政治動機だと言う

8。シナワットラ家が15年間タイ政治を圧倒してきた、彼らが指導し或いは講演した各選挙に勝ったからだ。

9。今タイ国を運営する軍政はクー以来の各年選挙を約束しーそして延期してきた。(止め)
posted by 三間堀 at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【泰】インラック逃亡は彼女の財産凍結に影響しない TPBS August 26, 2017


 裁判の政治目的は財産凍結(→損害賠償名目での没収)にあるから、表記は言わずもがなの発言。さりながら政治目的を察する材料なので収録する。
《骨子》
1。元首相インラック・シナワットラの報じられた海外逃亡が政令下財務省の彼女の資産凍結手続きには影響しないだろう、と8月26日財務長官ソムチャイ・サジャポンシが述べた。

2。インラックは彼女の政権が遂行した高米価維持枠組みで被った総損失の20%、約357億バーツの損害賠償を支払へとの財務省発行行政命令にソムチャイは言及した。曰く、彼女の資産を凍結すべく関連機関に情報を供給する書状を同省が送った。

3。諸機関がその所在を知るためコンドミニアムを含む彼女の不動産に関する情報収集を教示されてきた。その後、資産凍結を進めるべくその情報が法執行部に送られるだろう。インラックの海外高飛びは法手続きに影響しないだろう、とソムチャイが付言した。

4。インラックは政治的地位保有者のための最高裁刑事部が8月25日彼女に対し高米価維持事件の判決を言い渡す時に出廷しなかった。裁判所は判決読み上げを9月27日に予定変更した。(止め)
***
 違法ではなく政策判断による結果的な財政上の損害を政治家個人に賠償させる事件。訴訟自体の適法性があるのか、タイ国法の門外漢には分からないが、私は疑問に思っている。😠
posted by 三間堀 at 13:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【泰】シナワットラ時代の終焉 その2(完) bangkokpost 26 Aug 2017


【承前】その1はこちら
11。司法裁判所報道官スーベポン・スリポンクン曰く、インラックが再び出頭しなければ裁判所は欠席状態で判決を読み上げるだろう。「彼女が逮捕されれば、逃亡意図を見せつけたので保釈の許されない機会が高い」と述べた。

12。その筋曰く、彼女は週半ばに国を抜け出た。元商務相ブーンソン・テリヤピロムでさえ、明らかに彼女の計画を知らなかった。彼は昨日政府対政府米売却のでっち上げに於ける役割で42年間の収監を判決された。

13。インラックは、8乃至10年の判決ーそうした事件での逃亡罪としては最長刑期ーを受けるだろうとの揣摩臆測が盛んだったので、逃亡したと信じられている。判決の過酷さが官女の保釈を許され控訴に進むのを困難にしたかもしれない、とその筋は言う。

14。憲法は彼女の場合に関する制限規定を定めていないので、分析家曰く、王室の大赦が到来しない限り彼女は残りの人生を逃亡で過ごさねばならないかもしれない。

15。彼女の出立はシナワットラ一族の政治的巡歴が終わりになった徴と受け取られた。多くの支持者が彼女の衝撃的離脱に失望を表明した。「我々はインラックが最後の最後まで事件と戦うだろうと信じていた。我々は騙されたように感じる」と支持者の1人が言った。

16。ジョム・ペチャパダップ、赤服グループのためのメディア・アンカーが自分のフェイスブック口座にインラック宛公開メッセージを投稿した。曰く「あなたは戦場で死ぬ覚悟のある民主主義の戦士と言わなかったか。あなたは私を騙したのか」。

17。ヴェテラン政治家クンニン・スダラト・キユラパンのような司令塔的人物が一時的に党の舵を取り得るけれども、公衆の不信の所為で長期的にはその指導力が維持されないかもしれない。とその筋が言う。

18。またインラックの消失は手酷くNCPOに反映する、そして安易な治安対策と攻撃を受けている。

19。シナワットラ一族は過去16年間に、タクシンの義弟ソムチャイ・ウォンサワットを含み3人の首相を生み出してきた。ソムチャイは後に5年間の政治活動禁止を受けた。(止め)
【完】
***
 2014年のクー以来、赤服は相次ぐ弾圧を受けてきた。にも関わらず、それなりの勢力維持と団結を可能にしたのが、インラックという旗印であったのは間違いない。今、旗印がなくなり、資金源も消えた。一旦政治的に目覚めた以上、赤服構成員がすべてを断念し、雲散霧消するとは考えられない。新憲法下選挙に勝利しても上院その他の軍政配下に希望が潰される、これを所与とすれば、赤服は合法的に政治主張実現の道がないと悟るだろう。然らば、彼らはどうするだろうか。
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2017年08月26日

【泰】シナワットラ時代の終焉 その1 bangkokpost 26 Aug 2017


 (旧)支配階層による新興政治エリート階層潰し。それはIT関連に代表される新興産業への時代遅れ産業の嫉妬・怨嗟でもある。そして表面に出ないが、大恐慌の財政危機を官僚給与切り下げで対処した国王への反抗だった1932年民主革命(今ではクー説が有力)以来一貫している官僚層のための政治劇でもある。韓非子が始皇帝に教えたのは官場(宮廷、官僚)の操縦だったように、官僚層(含む大臣・軍人)が政権を揺り動かす事例は多い。

 閑話休題。シナワットラ家は今世紀タイ国の政界を牛耳ってきた。それに我慢できずにクー、司法クー(故XXの示唆)を繰り返し、タクシン、ソムチャイ、インラックと3代の首相を政治的に葬ってきた。そして民主主義の建前を次第に露骨にかなぐり捨ててきた。軍政がやってきたのは露骨なタクシン派潰しで、軍政の政界出先政党、民主党が逆立ちしても選挙に勝てなかったからだ。今回インラックを訴追したのは実質高米価維持政策により政府の被った損害を埋めさせる名目だが、実際は家産政党と言われるタクシン派政党の財政基盤を叩き潰すためだろうと私は睨んでいる。軍政と対抗するべきタクシン派頭首の国外逃亡だけにその政治的影響は大きい(表記)。
《骨子》
1。元首相インラック・シナワットラが金曜日外国海岸へと最高裁判決から逃げて逃亡中の兄タクシンの足跡に従った後、タイ政治に係るシナワットラ一族の掌握に緞帳が下りた、と政治評論家が言う。

2。地元賢人によれば、プアタイ党の将来もまた出廷しないインラックの決断によって疑問の中に投じられた。

3。首相プラユット・チャンオチャも国の残りの者同様官女の突然の出立でショックを受けたようだ。
 「出廷するに十分勇敢だろうと私は思った」と彼が言った。「治安当局に彼女が本当に病気か、そして居場所を見つけ出すように命じた」と言い、進行中のひと狩りの一部として越境はチェックされていたと加えた。「いつも判決を聞くだろうと彼女は言った。だが結局、姿を現さなかった」。

4。政府及びシナワットラ家に近い筋がバンコク・ポストに教えた。即、水曜日通常の陸路越境を使ったカンボジアへの旅の前に彼女はトラートに飛んで、そこで外国人ヴィザ或いはパスポートの手配に首都プノンペン材の影響力ある人物の援助を受けた。

5。それから、2006年クーで追放された後亡命して住んでいる兄タクシンと落ち合うためドバイへと出発する前に自家用ジェットでシンガポールに行った、と言う。

6。一部観察子がより大きな爆弾を落とした、政権の高米価維持枠組みへの義務懈怠に対する潜在的な10年の懲役判決を高飛び、逃亡する決断に体制が共謀した、と主張したからだ。

7。批評家曰く、同枠組みが政府に損失5000億バーツ超をかけた。

8。治安問題を監督する副首相プラウィット・ウォンスワンは、治安勢力が意図的に彼女を逃したとの噂を否定したが、多分彼女は国を去ったと結論したーそしてそうすることに助力を得たかもしれないと。「彼女は元首相だから一部役人が彼女に助けの手を貸したかもしれない」と将軍プラウィットが語った。彼女がトラートに旅してカンボジアへの検問所を抜けたとの記事は真贋確認されていない、と述べた。


9。政治的地位保有者のための最高裁刑事部が金曜日インラックに逮捕状を発行した。彼女の弁護士は、メニエール病 ― フラフラする期間と片頭痛を引き起こすことが知られている内耳の複雑化 ― により、彼女が審理に出席できなかった、と主張したが、医者の診断書を提出できなかった。

10。ラクシ地区にある裁判所近くに数千人の支持者が集まったので、判事曰く、インラックの健康不良主張を確信しなかった。また裁判所は3千万バーツの保釈用債券の没収を命じ、判決読み上げを9月27日まで延期した。(止め)
【その2へ続く】
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2017年08月24日

マッキンダ―の地政学的視点から見た現代東アジア 濱田 和章(国際貿易投資研究所)


 イントロとして地政学の祖マッキンダ―の紹介から始まるが、その部分を省略して表記に関連する部分だけつまみ食いする。
《摘要》
1。有名なフレーズ
 「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」。※ハートランド=ユーラシア内陸部、世界島=ユーラシア+アフリカの巨大な大陸

2。マッキンダ―の地政学は主にユーラシア大陸の西側(欧州側)を中心に述べられているが、現代の「ユーラシア大陸の東側」で彼の論理を当てはめてみると1。がどうなるか。
 「東アジアを支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」

3。中国の「一帯一路」構想はグローバルな規模での国家戦略の発露。
 100年単位で考えれば、この構想は、ひょっとすると英国から米国へ引き継がれてきた世界覇権を中国に移行させる意図を内蔵している可能性がある。(止め)
***
 筆者はマッキンダ―地政学の対象にしたユーラシア大陸の西側(欧州側)と現代東アジアとの相違を十分認識した上で、2。を書いている。にも関わらず、中国の興隆を所与として、中国覇権の成立を予感しているようだ。他の地政学者はあくまでハートランド=ロシアとし、中国を第2ハートランドとして、ハートランドの影響下に組み込まれると主張する者がいる。

 いみじくも「100年単位で考えれば」と筆者が書くように、過去が地政学の予見の正しかったことをほぼ実証している。地政学的対抗策を日本は考慮しなければならぬようだ。
posted by 三間堀 at 14:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

めも・旧聞)【独】5月28日キリスト教社会同盟(CSU)集会でのメルケル演説 長谷川 良


 米国からの「欧州独立宣言」とも言える発言をメルケル首相がした(表記)。軍事力を強化し独自の道を歩み始めたドイツのこと故、今後を占う趣旨が含まれているとも言え、表記から該当部分のみを収録しておく。
《摘要》
1。ドイツ語原文
Die Zeiten, in denen wir uns auf andere vollig verlassen konnten, die sind ein Stuck vorbei. Das habe ich in den letzten Tagen erlebt. Wir EUropaer mussen unser Schicksal wirklich in die eigene Hand nehmen.
2。長谷川訳
相手(米国)を完全に頼ることができた時代は過ぎた。そのことをここ数日(サミット会議)、私は体験した。私たち欧州人は自身の運命を自身の手で切り開いていかなければならない。(止め)

***
 とはいえ、まだ対露関係の安全保障(NATO)上アメリカと縁を切るわけにはゆかない。どうトランプ・アメリカと付き合うか。輸出依存型のドイツ経済にとって中国との関係が大切だ、バランスを探るのは容易でないが、最終的にはドイツ(欧州)独自路線追求で工夫に工夫を重ねて行くのでないか。世界政治・経済の重要なプレーヤー、ドイツの動向は今後とも追って行く。

posted by 三間堀 at 13:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする