2015年09月23日

金融無政府状態 Douglas Terry   09/21/2015


 原文はこちら
《骨子》
1。今週2日間の政策会議ののちFEDが金利をゼロに据え置いた。関心度は少ないが、彼らは将来の金利への予測を引き下げた。

2。我々には赤と緑の街頭信号がある。何故か大通りを使う人々は同時に両方の指示があるからスピードを出さないでいるという恩恵を社会が見つけるからだ。我々には泥棒に対する法律がある。何故か。我が国の人々が勝手に熱心に稼いだ所有物を取ったり使ったりできないという社会にとっての恩恵を見つけるからだ。社会における規則や法律は全体をより良くするために実在する。

3。何故或る銀行家たちは、0%金利を持つことが少なくとも金融業の主要役者にとって恩恵的だ、と考えるのか。金利は社会経済にとって資金の費用だ。何故我々は障害物金利を0%にしたいのか。資金使用に対して無よりも高い最低限要請を欲しないのか。

4。我々は経済における障害物金利を0にしたくないかもしれない。資金に対する無費用があることは社会に懸命な法律がない経済的等価物だ。資金を使用するがその資金で産出された恩恵に対し基礎線として0を持つ等価物。結果は諸氏が予想するものだ、野生の西部、金融無政府状態と人が言うかもしれない。

5。我々は、日々の仕事よりも市場の変動可能性について人々が非常に多くの回心配する世界に住んでいるのか。此処は引退した市民が人生を生き抜くのに所得が十分でないと今恐れる世界なのか。引退のために貯蓄する労働者が次の市場崩壊の程度を心配しなければならない世界に我々はいるのか。これらは適切な法律やそうした法律の執行のない世界の結果でないのか。

6。規則や法律は全体がより良い生活の質を享受するために実在する。それらはインセンティブが人間性によって定義される道徳性や社会の法律に合致するように実在する。我々は通貨の受託者により良きものを欲し期待するべきだ。我々はもっと良く出来るのだ。(止め)
***
 実体経済を遥かに超える金融資産/債務が暴れまわり、幻想の富を作り上げる「金融主導型経済成長」は虚しい。かつて金融は経済の影と言われ、本体の動きに合わせて動いた。今やその影が主人を支配している、転倒した世界が現前している。それを正常に戻すにはラルーシュが言うようにグラス・スティーガル法の復活が踏むべき第一歩かもしれない。犬
posted by 三間堀 at 14:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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