ひと月以上前の記事だが、米朝直接会談の意義を確認しておく。アジア、就中東アジアの地域覇権がどうなるか、会談は出遅れ感のある米国のアジア戦略の切り札たるか。
【転載開始】
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)3月12日(月曜日)弐
通巻第5632号
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トランプが金正恩と直接交渉へ乗り出す?
中国とは貿易戦争を覚悟の鉄鋼に高関税、その一方で「TPP11」が成立
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硬直状態に風穴が空いた。
金正恩とトランプが「中国を抜きに」博打に打って出た。平昌五輪に代表団を送り込み、実妹を事実上の使節団長としてソウルに派遣した北朝鮮は文在寅韓国大統領をして「4月末までに板門店における南北首脳会談」を約束させ、唐突に「雪解け」を演出した。
突然の歩み寄りという変化に、トランプ大統領はこの状況の激変に対応するかのように、「五月までに北朝鮮の金正恩と直接の首脳会談を受け入れる」と発表した。
金正恩のメッセージを口頭で伝えに行った韓国使節団が仰天し、日本は梯子を外されたのではないかとすぐに安倍首相はワシントンに電話をかけた。
「拙速だ」「金正恩に騙される」「素人外交ゆえに危なっかしい」と、トランプ大統領の衝撃の決定に対して、一斉に批判が巻き起こった。
日本のメディアの一部には、このトランプの豹変ぶりに驚愕して、当時同盟国だったドイツが、抜き打ち的にソ連と不可侵条約を締結するにいたり、平沼騏一郎は「国際情勢は複雑怪奇」と迷言を吐いて辞任にしたように、独ソ不可侵条約の衝撃に比したところがあった。
しかし、おそらく一番慌てたのは習近平だっただろう。
この伏線には「同盟」の組み替えを意図した戦略上の変更があるのではないのか。
六カ国協議で主導権をとって、日本を蚊帳の外に置いてきた中国は、米国を再び三度騙して、北朝鮮の時間稼ぎに結果的に協力し、さらには国連制裁に加わって、あたかも北朝鮮を締め上げる日米の強い政策圧力に協力的であるかのようなポーズを作ってきた。
その不誠実に、トランプ大統領のアメリカは腹に据えかねた。
トランプの急変は、中国に一言の相談もなく、こんどは中国が蚊帳の外に置かれたのだ。中国の外交部も楊潔チ国務委員も事前に、トランプの激変ぶりを予測してはいなかった。
それはそうだろう。米国の国務省も国防相も大統領の発言に驚きを隠せず、CIAもFBIも事前にトランプの方針転換を予測していなかったのだから。
直前にトランプは主として中国からの鉄鋼、アルミにそれぞれ25%、10%の高関税をかけると宣言し、大統領命令に署名した。対中貿易戦争宣言である。このため、中国は周章狼狽し、劉?をすぐに米国に派遣したが、成果はなかった。
他方で、日豪加など11ヶ国は米国抜きのTPPを成立させたが、米国は音無の構えだった。
▲トランプは北朝鮮の逆利用を考えたのではないか
1971年7月15日のことを筆者は昨日のように覚えている。
時の米国大統領リチャード・ニクソンはソ連を封じ込める効果的手段として、同盟関係を組み替え、中国を梃子とすることを思いつき、突如敵対してきた中国と国交を再開し、世界にニクソンショックを与えた。
トランプは深くニクソンを尊敬する大統領であり、オバマの「戦略的忍耐」を批判し、「あらゆる選択肢は卓上にある」として北朝鮮制裁を強化してきた。
世間は「経済制裁が効いた結果だ」とトランプとの直越対話に乗りださざるを得なくなった北朝鮮の孤独を言ったが、同時に多くの分析は「中国派の張成沢を処刑し、実兄をマレーシアで殺害した非常な人間が、まじめに非核化などを考えては居ない。時間稼ぎに騙されるな」という意見が圧倒的である。
しかしトランプは最初から自国の国務省を相手にしていない。
リベラルの巣窟、米国の外交をこれほどまで低下させ、劣化させたのが国務省と総括しているトランプにとって、国務省に相談しないのは基底の方針とみると、国務省がいかに慌てようと、そのことで動揺したりはしない。
ましてやティラーソン国務長官は、歴代高官とはことなり外務経験ゼロ、むしろ敵対国や政情不安な国々のトップと複雑な駆け引きをしてきたタフネゴシエーターである。ティラーソン国務長官の一連の発言が、かならずしも国務省を代弁してはいなかったように。
トランプは考えたのだ。
最終的な米国の敵は中国である。その中国のパワーを減殺させるためには、徒らに直接的な貿易戦争、技術移転阻止、スパイの摘発、中国企業制裁だけでは効果があがらない。げんに中国は南シナ海を支配し、戦後の世界秩序を大きく変えてしまった。
▲「中国が支配するアジアを受け入れるのか」と『フォーリン・アフェアーズ』
「中国が支配するアジアを受け入れるのか」と『フォーリン・アフェアーズ』にジェニファー・リンド(ダートマス大学準教授)が衝撃的論文を寄稿した。
この論文を執筆したジェニファー・リンド女史(ダートマス大学準教授)とは何者かを先にみておく必要がある。
彼女はマサチューセッツ工科大学卒業、若手の国際政治専門家。とくに日本研究で知られ、長期に日本に滞在した経験がある。
曰く。「外交上、謝罪は重要だが、日本の場合、中国や韓国へ謝罪を続けることは日本国内の政治的混乱を引き起こすだけ」であり、「もう謝罪は不要だ」と発言する気鋭の政治学者だ。基調はリベラルである。
リンド教授の「「中国が支配するアジアを受け入れるのか」と題する所論の『フォーリン・アフェアーズ』論文の原題は「地域ヘゲモニーはいかようになりつつあるのか」(WHAT REGIONAL HEGEMONY WOULD LOOK LIKE)であり、日本語訳の題名はいささかニュアンスが異なるきらいがある。
ともかくリンド女史が言う。
「米国は東アジアでいまなお圧倒的な力を持つとはいえ、中国はそのギャップを急速に埋めてきた。もっとも経済的危機と国内政治の失敗が中国の勢いを減退させる可能性は残るものの、いまの趨勢が持続すると仮定すれば、中国はアジアにおいて軍事的、経済的、政治的ヘゲモニーを確立するだろう。
となると米国の従来の同盟国であるオーストラリア、日本、フィリピン、韓国などが独自の防衛力を増やしつつも、米国以外との協力関係の増強に向かうか、あるいは中国の支配を受け入れるかの選択を迫られるだろう」(同誌より要旨を拙訳)。
この論文の指摘を待つまでもなく、中国の脅威はアジア諸国に拡大し、アセアン諸国並びにインドは中国を極度に警戒する態度に変質している。
中国は「侵略など毛頭考えない」と外交のリップサービスで標榜しながら、一方では軍事的プレゼンスをいやますばかりか、経済的にアジア諸国を圧倒し、文化的浸透を強めてきた。
いずれにしても、トランプの米国は南シナ海の中国支配を転覆させるほどの意思も実力もなく、結局北朝鮮の核施設は攻撃せず、中国に任せていたらまったく進捗せず、韓国はぬけぬけと反米的行動を取り、頼りになる日本には肝腎の軍事力がないときている。
リンド女史はこうも続ける。
「中国は植民地主義など企図しないし、中国は近隣諸国とは友好親善という平和的アプローチを進めると公言しているが、ヘゲモニーを確立する国とは、典型的に地域の安全を優先させるものである。なぜならヘゲモニー国家はライバルの力の増大を決して望まないからである」。
したがって中国は、日本がインドなどと防衛協力体制の構築強化を進めることに並々ならぬ関心を示すとともに、日本の国内政治に対しても異様な関心を抱くのである。
日本が他国との軍事演習をおこなうたびに言葉を極めて非難し、すこしでも防衛予算を増やし、装備を近代化しようものなら「日本に軍国主義の復活」などと、声高に批判し続けるのも、これによって日本政治に親中派の輪を拡げ、日本政府の決定を内部から攪乱させる高等な外交戦術とみるべきである。
こうした中国の増長に対して、日米も欧州も、いやアジア諸国もロシアも、決定打を欠いた。
ならば状況を変える突破口として、トランプは米朝会談という「トランプ」(切り札)カードを切ったのではないのか。
◎▽□み◇◎◎や◎▽◇ざ◎□◇き□◇◎
【転載終了】
日英同盟(1902.1締結の攻守同盟条約。1921.12四カ国ー日英米仏ー条約発効に伴い22.8廃棄)を結んだ英国側の事情として、1898年25年間租借し東洋艦隊の基地とした威海衛経営が財政上の制約で困難になったため、日本に中国での英国利益の保護を期待したと言われる。つまり、世界覇権の一部を日英で分業したもの。
何故、日英同盟を引き合いに出すか、米国の今後の世界覇権の分業体制を想像させるからだ。もっと言えば、日本を敵国とした米国太平洋戦争の失敗だ。ルーズベルトのスターリン/ソ連傾斜が判断を誤らせた。親米国だった日本にアジア経営を分業させておけば、共産主義の波及(中共、北朝鮮)が止められたかもしれない。
米国は長年の過ちを正し、太平洋戦争前夜の一つの仮説に戻りつつある。日本をパートナーとする伝統的勢力均衡のことだ。